『サーミの血』

 

北欧の少数民族であるサーミ人の少女のお話です。

サーミ人スカンジナビア半島の北部に分布し、トナカイを飼い伝統的な生活をする遊牧民族です。ヨーロッパとは言語系統の異なる独特の言葉を話します。

かつてはラップ人と呼ばれ差別されていました。

 

舞台は1930年代のスウェーデンです。美しい自然に、色鮮やかな民族衣装。整備されたウプサラの街もとても綺麗です。

しかし、鑑賞後は非常に重苦しい気持ちになりました。映画公式サイトに掲載された「勇気をもらった」「感動した」という文言には全く共感ができません。

誤解をしてほしくないのは、映画としてはとても良いものであるということ、また、人それぞれの捉え方があって当然だということです。

 

(以下は映画の詳細を含みます)

 

故郷も家族も捨ててスウェーデン人になりきろうとする"クリスティーナ"エル・マリャの人生は、苦悩に満ちた痛々しいものに感じました。彼女はとても勇気ある人間です。自らの力で運命を切り開いたという表現は間違ってはいないでしょう。それでも、妹の葬式に嫌々顔を出し、宿泊先のホテルで他の客のサーミ人への苦言に同調する彼女に対して、深い悲しみを覚えずにはいられません。

差別する側に回ってしまっただとかそんな簡単な話ではないんです。「差別と戦い、自由を手に入れた」なんて話でもない。

彼女は、誰もいなくなった教会で妹の棺の蓋を開け死者に許しを請います。スウェーデン人として生きるためにどれほど犠牲を払ってきたか、それなのに故郷や家族への罪悪感を捨てきれなかったのではないか、ずっと苦しんでいるのではないかと思いました。サーミ語を忘れたふりをして、洋服を纏って、それでも彼女にはサーミの血が流れていて、全てを捨てることができないのです。本当に全てを忘れていられればよっぽど楽なのではないかと思います。

 

サーミ人の集められた寄宿学校に通わされるのに、サーミ語を禁じスウェーデン語を話さなければならない矛盾。学校への道中投げかける口汚い差別の言葉ー「汚いラップ人だ」「サーカスの動物が通る」…まだ幼い子供達は、民族衣装を着て、顔を伏せて歩きます。強制的に衣服を剥がれ身体の写真を撮られますーラップランド人のサンプルとして。

成績の良い彼女は、教師に高校への推薦状を書いてほしいと願い出ますが、「この学校からは進学できない」と一蹴されます。「サーミ人は脳が小さいから文明には適応できないの…そういう研究結果があるの」「街へ出たら絶滅してしまう」。今でこそ、科学的根拠はないということが誰の目にも明らかですが、当時はそうでなかったのでしょう。

 

寄宿学校に通っても将来はないと判断した彼女は、ダンス場で出会った男の子だけを頼りにウプサラの街へ向かいます。お金なんて持っていませんから、盗みます。これは冒頭の"クリスティーナ"がサーミ人を罵るセリフとリンクしています。妹の葬式に向かう道中、(おそらく自らのルーツに少ない興味を持つであろう)息子に対し、「あの人らは物盗りで嘘つき」と謗るのですが、それは自らが過去にしたことです。

ウプサラの街に潜り込んでからの描写は、観客の羞恥心を強く刺激します。無理やり男の子の家に泊まったときの、疑いの視線や疎まれているという空気感がとても苦しいのです。サーミ人として生活してきた彼女は夜中、こっそり家の電話やピアノを嬉しそうに触ります。それがいたたまれない気持ちを呼び起こします。スウェーデン人らの面前でヨイク(サーミ人の伝統的な歌のようなもの)を歌う場面は席を立ちたくなるほどです。なぜだかうまく言葉に表せません。美しい音色なのに、悪意のない好奇心に晒された"クリスティーナ"のヨイクは聞いていることが苦痛に感じてしまいます。マイノリティに対する興味が、彼らを侮辱するものにもなるのだと思い、自らの浅ましい好奇心にも恥ずかしくなりました。

 

老いた"クリスティーナ"は、息子の誘いを突き放し、たった1人で、かつての故郷へ足を運びます。ストッキングにヒール靴で、綺麗に結わった髪を振り乱して山を登ります。きれいなテントの脇にはバイクが何台も停まっています。

 

なんの説明もなく、なんの救いもなく、画面は暗転しエンドロールが始まってしまいます。大人の女性のヨイクが流れます。

 

サーミ人というのがいるということ自体は知っていました。北欧雑貨は日本で人気です。クリスマスマーケットで、サーミのブレスレットを買ったことがありました。トナカイの角のチャームがついていて、サーミ象形文字が彫られているものでした。サーミフィンランド少数民族なのだという簡単な説明を受けました。北欧文化に興味を持っている姉に贈りました。

 

伝統的な暮らしを守るべきだとか、いや人はみな自由を手にする権利があるとか、いろんな論争があると思います。そこに一石を投じるような映画なんじゃないかなーと感じました。監督自身もサーミの血を引いていて、さらに主演女優は実際トナカイを飼って暮らしているんだそうです。

 

主演女優の鋭い目つき、がっしりした身体つき、終始緊張した素ぶりが印象に残りました。

 

なんというかこんなことが書きたいのだろうかと迷いながら投稿します。