膝が痛む年頃

15年ほど前、給食の列に並んでいたわたしは、床に置かれていたエナメルバッグに躓いた。本能か、目の前の食料を確保するために、両手でお盆を持ったままのわたしは給食をこぼすことなく、その場で尻餅をついた。両膝を曲げ、いわゆるお姉さん座りの状態になり、関節に大きく負荷がかかったのだろう。それから膝を曲げるたびにパキパキと音がするようになってしまった。その音はあまりにも大きく、静かな場所でしゃがんだとき大抵「すごい音したね」と言われるくらいだ。

半分引きこもり、寝たきりの生活を続けて1年以上経つ。大学生だった頃もセルフネグレクトのような状態で、家にいるときはほとんど横になっていたから、かなり長い間病人のように過ごしていることになる。運動はしない。外にも出ない。引き起こしたのは筋力低下。

 

先月のことである。2週間かそこらぶりに外出したのち、左膝に強い痛みが生じた。当日夜からじわりと痛みがあり、翌日からそれは「膝をうまく曲げることができない」という状態になる。

それは数日続いた。今までも何度か膝が痛むことはあったが、うまく膝を「鳴らす」ことで解消できていた。今回は勝手が違い、そもそも階段を上がるのに支障をきたすことは初めてで、20代にして歩けなくなる未来まで想像した。病院に行こうか何度も考えた。

しかし、痛みはまた寝たきりの生活に戻ることで消滅してしまった。

すぐ決断しなかった理由として、整形外科に対する猜疑心が大いにあった。以前に駅の階段から——その時も荷物を両手に抱えていた——転落して捻挫した時、整形外科に通って高いギプスを購入しても、ほとんど治ったように思えなかったからだ。結局別の接骨院で治療をしてもらって完治した。

整形外科と接骨院ではアプローチが違うことは承知している。それでも、ご老人だらけの待合室で長く待たされに行く気持ちにはなれなかった。接骨院は、近所にたくさんあるのだが、ありすぎて絞れない。また、痛みが引いてしまったため、保険が効くのかわからず及び腰になってしまった。第一、実態がよくわからない。接骨院って、なに?

 

わたしが膝の痛みから目を逸らしていたある日、母が階段から落ちて脇腹を打った。似た親子である。

骨折を疑って、職場近くの整形外科に行ったそうだ。レントゲンを撮ってもらい、その不安はなさそうだということで、湿布も貼らずに帰された。何日経っても引かず、休日に接骨院に行っていた。帰宅した母は強烈なハッカの香りを漂わせていた。グラシンペーパーのようなものに薬剤を塗った冷湿布を貼ってもらったらしい。しばらく間隔を空けずに通い、鍼テープやマッサージでの治療をしてもらい、今ではずいぶん楽になったそうである。

治療時の雑談の中で、わたしの膝について相談すると「一度来てほしい」と言ってくれたようなのである。今日、治療の日だったので、母についてその接骨院に行ってみた。痛みが完全に消えていたらもしかしたら何もしなかったかもしれない。前日歩き回ったおかげか、ちょうど痛みが再発していた。おまけに、膝からの軋むような異音が治ることなく続いていた。

 

接骨院自体は初めてではないが、前回はスポーツマッサージなんかもあり、いくつか店舗を持つ大型の施術所だったのに比べ、今回行ったのはかなり小規模なところだ。ホームページも口コミもない。待合室と治療室の間にはついたてがあるのみで、1つの部屋の中にベッドや機械がごった返していた。

先生でいいのかな、柔道整復師という医師とは違う資格なのだがどちらにしても師だから合ってるね、若い女性の先生が対応してくださり、いろんな角度から脚を触ったり伸ばしたりして、わたしの痛みの原因を探ってくれた。

大腿四頭筋が弱くなっていて、代わりに靭帯や軟骨が衝撃を吸収している」「そのために炎症が生じて痛みや音が現れる」というような説明だった。四頭筋っていう筋肉のことかと思って聞いていたが、帰って調べたら太ももを構成する筋肉の総称だとわかった。「全体的に筋肉が細くなっている」との言葉もあった。筋肉量が少ないことは把握していたし、当然なのだが、やはり症状として現れると厳しい気持ちになる。

炎症をまず抑え、その後筋肉のトレーニングをするという治療になるとのことだった。今日は両膝に電流を流され、テーピングをした上に湿布を貼付され、さらに上から包帯でぐるぐる巻きにされた。鏡で見たときの第一印象は「バレー部員みたいでかっこいい」だった。奥底に眠らせていた中二病が頭をもたげる。脳にも電流を流されたい。

また明日も来てくれた方が良いと言われたので、従おうと思う。すぐ痛みが取れるわけではないが、両膝をぐるぐるに固定されていると不思議な安心感がある。

 

許可が出たらもっとちゃんと運動しようと思う。なにせ、体重が大きく変化しないのにも関わらず、ウエストが2cmも増えてしまったのだ。体に良いわけがない。目指せ、健全な肉体と健全な精神。