「考えすぎなんじゃないですか?」

じわじわと続く吐き気がみぞおちの痛みに変わった頃、とうとう観念して敬遠していた胃腸科へ駆け込んだ。いつもお世話になっているガスターが効かなくなったら、それはもう医者に頼るしかないのだ。

かれしの家の近くにある初めて行く胃腸科で、問診と触診を経てあっさりと「逆流性食道炎ですね」と告げられる。ガスターの上位互換であるタケプロン、吐き気止めのナウゼリンをもらう。胃を悪くするのは初めてじゃあない。これらの薬もよく知る面々だ。

しばらく飲み続けるが、あまりよくならない。鈍い痛みが続く。せっかく雇ってもらえたアルバイトも数日間休んでしまった。

 

なんとか痛みを押して電車に揺られ実家に戻り、今度は家の近くの胃腸科へ行った。ここも初診だ。胃が悪いのに、信頼できる胃腸科を持たないことは不運だ。

問診、触診、レントゲン、エコーのランチコースを享受し、便秘以外の所見はなかった。毎度こうだ、だいたい特に何もない。でも胃が痛いのだ。

わたしは決心していた。長く続く不調に終止符を打つため、ずっと忌避していた胃カメラを受けようと考えていた。5,6年ほど前に受けた経鼻内視鏡、「最先端の細いスコープで、苦しまず受けられますよ」の言葉に裏切られ、「やめます! 抜いてください!」と力なく抵抗した記憶がトラウマだった。「若い方は敏感ですからね」という医師の言葉が忘れられない。20代前半の頃だった。

しかし、今は鎮静剤で眠りながら受けることができると知っている。

「鎮静剤は投与できますが、精神系のお薬を飲んでいるので、効きが悪いかもしれません。多めに投与することになると思います」

薬マシマシ、上等である。腹を括り、1週間後に予約を入れた。

 

前日の夜、注意事項を隅々まで読み、早めに夕食を済ませた。就寝前の薬は、あえて飲まなかった。飲まなくても寝付けることが増えたし、寝られなかったら眠い状態で受けられる。鎮静剤で眠れる確率もきっとあがる。

 

当日、重い足を引きずって病院へ。喉の麻酔を口に含む。「飲まないでください」と言われるが、3口程飲み込む。指先で測る心拍計が速すぎるビートを刻む。怖いのだ。

口にマウスピースをかまされる。パニック持ちにとって体を拘束されること自体が大きな苦痛だ。心拍計が煩い。あとでApple Watchを確認したら最大143を記録していた。怖がりすぎである。

鎮静剤が注射される。手足がぼうっとしてくる。そして眠気が……

 

訪れなかった。

一切訪れなかった。目をつぶって、意識がなくなるのを待ったが、その時はついぞこなかった。

 

無慈悲にカメラが挿入される。今回は経口内視鏡なので、言葉を発することができない。とても苦しいが、文字にすると気分が悪くなるのでやめておく。とにかく早く終わってくれと祈った。看護師さんが優しかった。あとたぶん、医師の腕も良かった。鎮静剤は眠れなかったけど、感覚を鈍らせてはくれたのだとも思う。

 

リカバリールームで休まされるが、意識がずっとはっきりしていた。一応30分ほど横になってから退室した。

 

診察室に呼ばれる。

「特に異常はないです。十二指腸も綺麗ですね」

褒められて嬉しい。いや別にそうでもない。ピンクの粘膜がツヤツヤ輝いているのをぼーっと眺めてそうですか良かったですとかそんなことを言った。

じゃあどこも悪くないということですか?

逆流性食道炎は?

薬はもう必要ないのですか?

わたしはなぜ胃が痛かったのでしょうか?

胃カメラは必要なかったのでしょうか?

綺麗な消化器と、釈然としない思いと、自らの選択への悔悟だけが残った。

 

今後について質問をしていると、

「いろいろ考えすぎなんじゃないですかね」

と医師に言われた。要は精神的なものなんじゃないかってこと?

わたしは長く胃の不調に苛まされていで、今回の受診で何かが変わると思っていた。残念ながらそうはならなかった。

何か悪いところがはっきりわかれば治せるのに。

強いて言えば「考えすぎ」なんだろうけど、これを治すには何もかもが不足している気がする。